認知症高齢者におけるアート活動の可能性に関する一考察
1. はじめに
従来、認知症や高齢という要因は「喪失」や「衰退」と結びつけられて語られることが多い。しかし近年の研究では、認知症高齢者であっても潜在的能力や創造的活動への可能性は保持されていることが明らかになりつつある(Kitwood, 1997)。
本レポートでは、認知症および高齢という状況が必ずしも創造性や表現活動を奪うものではなく、むしろアート活動を通じて新たな可能性が見出される事例について考察する。
2. アート活動と高齢者の心理的意義
アート活動は、単なる娯楽にとどまらず、心理的・認知的・社会的効果をもたらすとされている。特に高齢者においては以下の意義が指摘できる。
a.自己表現の手段
認知症により言語的表現が困難になったとしても、非言語的手段である造形表現は自己の感情や記憶を伝える媒体となりうる(Cohen-Mansfield, 2018)。
b.自己効力感と可能性の再発見
アート活動に主体的に取り組むことは、「まだできることがある」という自己効力感を高め、生活の質(QOL)向上に寄与する(Bandura, 1997)。
c.社会的交流と感情の共有
集団での創作活動は、他者との関わりを促進し、孤立感の軽減や情緒的安定につながる(Noice & Noice, 2009)。
3. 実践報告
本実践では、認知症高齢者を対象にアート活動を実施した。参加者は年齢や症状の程度に差があったが、いずれも活動に意欲的に取り組み、創作の過程を楽しむ姿が確認された。作品の完成度よりも、制作に没頭する過程そのものが重要であり、活動後には達成感や笑顔といった肯定的反応が観察された。
4. 考察
この結果から、高齢や認知症を理由に「可能性の喪失」と捉えるのは早計であると考えられる。むしろ、本人がアート活動に向き合い、主体的に関与することで、潜在的な想像力や感性が発揮されることが確認できた。アートは「残された能力」に光を当てる営みであり、認知症高齢者にとって自己の存在価値を再確認する重要な機会となりうる。
5. 結論
認知症や高齢は、創造性や可能性の消失を意味しない。アート活動は、認知症高齢者における残存能力の発見、自己表現、社会的交流を促進し、生活の質を豊かにする可能性を有する。本実践はその一端を示すものであり、今後は継続的な活動を通じて、教育心理学的・臨床的効果をさらに検証していく必要がある。
参考文献(抜粋)
•Kitwood, T. (1997). Dementia Reconsidered: The Person Comes First.
•Bandura, A. (1997). Self-efficacy: The exercise of control.
•Cohen-Mansfield, J. (2018). Nonpharmacological interventions for persons with dementia. Alzheimer’s Disease & Associated Disorders.
•Noice, T., & Noice, H. (2009). An arts intervention for older adults living in subsidized retirement homes. Neuropsychology, Development, and Cognition.
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