表現的態度を育む美術教育
教育理念文
私たちは、美術教育を「上手に作るための学習」ではなく、人が人として在るための表現の場として位置づける。
人は、安心が満たされ、自らの内に湧き上がる感覚や思いを受け止められたとき、初めて自由に表現することができる。マズローが示した「表現的態度」は、評価や正解を求める対処的態度を超え、自己と世界を結び直す人間本来の在り方である。
本教育では、見本や完成形を先に示すことをせず、子ども一人ひとりの記憶・感覚・想像を表現の出発点とする。そこでは、結果の優劣よりも、考える過程、試行錯誤、迷い、ひらめきそのものに価値が置かれる。
美術表現とは、技術の証明ではなく、存在の肯定である。
描くこと、つくることを通して、子どもは「自分は感じ、考え、表してよい存在である」ことを身体的に学んでいく。
私たちは、美術教育を通して、
子どもが社会に「適応する力」だけでなく、
自分として生き続ける力を育むことを理念とする。
発達支援向け実践指針
―― 表現的態度を支えるための現場の考え方 ――
1. 完成をゴールにしない
•作品の完成度を目的にしない
•途中経過・立ち止まり・変更を肯定する
•まだ途中だね」ではなく「ここまで考えたね」と捉える
▶︎発達に課題のある子どもにとって、過程が評価されることは安心の土台となる。
2. 見本を示さない・正解を用意しない
•完成イメージを限定しない
•「こう作ってみよう」は提案に留め
•子どもの表現を修正しない
▶︎表現的態度は、「間違えても大丈夫」という環境でしか生まれない。
3. 言語化を急がない
•説明できなくても良い
•これは何?」と意味づけを迫らない
•制作中の沈黙を尊重する
▶︎表現は、言葉より先に身体や感覚から立ち上がる。
4. 技法は必要に応じて後から支える
•先に技術を教えない
•困った瞬間に、最小限で補助する
•子どもの意図を壊さない技術支援を行う
▶︎技法は対処的態度を支える道具であり、主役ではない。
5. 評価は比較ではなく「存在承認」
•他者との比較をしない
•上手・下手の言語を使わない
•「あなたらしいね」「よく考えたね」と過程を承認する
▶︎表現的態度は、評価されない安心の中で育つ。
6. 感覚の違いを個性として扱う
•触れたくない素材があってもよい
•同じ材料を使わなくてもよい
•描き方・持ち方を矯正しない
▶︎感覚の多様性を尊重することは、自己肯定感の基盤となる。
7. 指導者•支援者は「教える人」ではなく「伴走者」
•指示より観察を重視する
•先回りせず、待つ
•子どもの表現に驚き、共に喜ぶ
▶︎大人の在り方そのものが、子どもの表現的態度を決定づける。
結語(実践の核心)
発達支援における美術活動は、
「できるようにするため」ではなく、
『すでに在る力に気づくため』の時間である。
表現的態度が育ったとき、
子どもは自ら考え、選び、試し、やり直す力を獲得する。
それは、美術の枠を超え、人生を支える力となる。
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