幼児期から小学生期におけるアート表現活動の認知・創造性発達への影響。
―クレヨン・絵の具の着色とちぎり絵の活動を通して―
1. はじめに
アート活動は、子どもの表現力・創造性・認知的発達において中心的役割を果たします。特に年長組(5〜6歳)から小学校中学年にかけては、自己表現の多様性が広がり、発達段階に応じた感覚運動的・認知的経験が相互に結びつく重要な時期です。
このレポートでは、クレヨン・絵の具による着色、およびちぎり絵を中心としたアート活動が、子どもの発達にどのような影響を及ぼすかを、発達心理学および教育心理学の観点から考察します。
2. アート活動の概要と発達段階
2.1 クレヨン・絵の具による着色
クレヨンや絵の具による着色活動は、視覚的・触覚的な刺激を伴いながら、色彩感覚・運筆能力・空間認知を発達させます。
ピアジェの認知発達理論においては、前操作期(2〜7歳)の終盤から具体的操作期(7〜11歳)への移行期にあたるこの年齢層では、感覚運動的操作と象徴機能が統合され、より具体的かつ意図的な描写が可能になります。
2.2 ちぎり絵活動
ちぎり絵は、紙を手でちぎるという触覚的・身体的操作を通じて、手先の巧緻性、形の認識、構成力を育てる活動です。また、部分から全体を構成するプロセスは、ゲシュタルト知覚や全体−部分認知の発達にも寄与します。
手作業に集中する時間は、注意持続力や感情の自己調整にもつながります。
3. アート活動と認知的・創造的発達
3.1 色彩選択と認知発達
色の選択や混色の試行錯誤は、感覚的知覚と因果的思考の統合的な活動です。
ヴィゴツキーの最近接発達領域(ZPD)の理論に基づけば、適切な支援(スキャフォルディング)を通じて、子どもは自己の意図を他者との対話や作品を通して明確化・内在化します。
3.2 創造性の表出と内的世界の可視化
アート活動は、子どもの内面世界を外在化し、自己理解と自己表現を促す手段となります。
ギルフォード(J. P. Guilford)の創造性構造モデルに基づくと、発散的思考(divergent thinking)や独自性(originality)は、色や形の自由な選択によって育まれます。また、制作過程での失敗や再構成は、柔軟性や問題解決力の基盤ともなります。
4. 教育心理学的示唆と教育実践
4.1 自己効力感と達成感の育成
作品が完成する過程は、子どもに自己効力感(Bandura, 1977)を与える機会です。小さな成功体験の積み重ねは、自己概念や学習動機づけに大きな影響を与えます。
4.2 対話的学びと社会的情動スキル
アート活動を通じた対話的な関わり(作品の紹介、意図の説明、相互鑑賞)は、メタ認知的思考や他者視点の理解を深めます。また、協働的な制作や意見交換は、社会的情動スキル(SEL: Social Emotional Learning)としても注目されます。
5. おわりに
アート表現は、単なる技能の習得にとどまらず、認知・情動・社会性を統合的に育む教育的手段です。
クレヨンや絵の具、ちぎり絵といった活動を教育実践の中に位置づけることで、発達に即した支援と子どもの「学びの深まり」を促す環境づくりが求められます。
今後は、活動の記録や子どもの語りを通じて、より実証的な研究を進めていく必要があります。
参考文献
•Piaget, J. (1951). The Psychology of Intelligence.
•Vygotsky, L. S. (1978). Mind in Society: The Development of Higher Psychological Processes.
•Guilford, J. P. (1950). Creativity.
•Bandura, A. (1977). Self-Efficacy: Toward a Unifying Theory of Behavioral Change.
•宮口幸治(2014)『発達が気になる子への支援』日本評論社。
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