創造的表現を通じた心の発達と社会的適応の促進

社会情緒的非認知能力を美術教育(活動)で改善する

―創造的表現を通じた心の発達と社会的適応の促進―

Ⅰ.序論

近年、教育において「非認知能力(non-cognitive skills)」の重要性が注目されている。知識や学力といった認知的能力に対し、非認知能力は情動や態度、対人スキル、自己制御力など、人格的な側面を形成する力である(Heckman, 2006)。

特に幼児期から児童期にかけては、『社会情緒的非認知能力(social-emotional non-cognitive skills)』の発達が、学習意欲や他者との関係構築、自己理解の基盤となる。この力は、近年の教育現場で注目される「SEL(Social Emotional Learning)」とも深く関連している。

本レポートでは、美術教育(活動)を通じて社会情緒的非認知能力をどのように育み、改善していくことができるのかを、心理学的・教育学的観点から考察する。

Ⅱ.社会情緒的非認知能力の構成要素

社会情緒的非認知能力は、以下の主要な要素から構成される(CASEL, 2017)。

 ▫️1. 自己認識(Self-awareness):自分の感情や思考、価値観を理解する力。

 ▫️2. 自己制御(Self-management):衝動や感情を調整し、目的に向かって行動する力。

 ▫️3. 社会的認識(Social awareness):他者の感情や立場を理解し、共感する力。

 ▫️4. 関係構築(Relationship skills):他者と協力・対話し、良好な関係を築く力。

 ▫️5. 責任ある意思決定(Responsible decision-making):倫理的かつ建設的に判断し行動する力。

これらは単独で育成されるものではなく、体験的・相互的な学びの場を通して形成される。そのため、表現・創造・協働といった活動を重視する美術教育は、社会情緒的能力の発達に極めて有効である。

Ⅲ.美術教育における社会情緒的非認知能力の発達メカニズム

1.自己認識の深化と感情表出

絵画や造形活動では、子どもは自分の感情や思いを「形」にして表現する。この過程で、言葉では表しにくい内面の情動を自己理解へと変換することができる。

ヴィゴツキー(Vygotsky, 1930)は、「想像的活動は情動と知的機能を結びつける媒介である」と指摘しており、創作行為が自己認識の深化を導く心理的作用をもつことを示している。

2.自己制御の学習

制作過程では、「思い通りにいかない」「うまく表現できない」といった葛藤が生じる。この経験を通して、子どもは忍耐力・計画性・情動調整を学ぶ。作品を完成させるという目標達成経験は、『自己効力感(self-efficacy)』を高め、情緒的安定を促す。

3.社会的認識と共感性の育成

共同制作や鑑賞活動において、他者の作品に触れることは、異なる視点や感情を理解する契機となる。これにより、他者理解や共感的態度が育まれる。特に、『作品を通した「対話的学習」』は、非言語的コミュニケーションの発達を促す。

4.関係構築・協働性の形成

集団での造形活動やグループ作品の制作は、他者と意見を調整し、役割を分担する経験を生む。これにより、対人スキルや協調性、思いやりといった社会的情動スキルが発達する(Johnson & Johnson, 2009)。

5.倫理的意思決定の習得

美術活動の中で「どんな色を使うか」「どのように表すか」といった選択を重ねることは、創造的意思決定の練習となる。これが「自ら考え、判断し、行動する力」の基盤を形成する。

Ⅳ.実践的応用例

 ▫️1. 感情をテーマとした自由制作:自分の気持ちを色や形で表す活動。情動表現と自己理解を促す。

 ▫️2. ペア・グループ制作:他者との協働を通して社会的スキルを培う。      

 ▫️3. 作品の相互鑑賞と対話:他者の表現を尊重し、共感と他者理解を深める。

 ▫️4. 失敗を肯定するアート環境:試行錯誤を受容することで心理的安全性と自己肯定感を育む。

Ⅴ.考察

美術教育は、単なる技能習得の場ではなく、自己と他者をつなぐ情動的・社会的発達の場である。非認知能力の発達には、時間的連続性と情緒的関与が不可欠であり、特に幼児期・児童期における体験的美術活動が重要となる。

また、教育者は「作品の出来」ではなく、「表現の過程」に焦点を当てる指導が求められる。これにより、子どもは評価不安から解放され、自己の感情を安全に表現できる心理的空間が形成される。

Ⅵ.結論

美術教育は、社会情緒的非認知能力の発達に極めて有効な教育的アプローチである。表現活動を通して、子どもは自己理解を深め、感情を調整し、他者と協働しながら社会的関係性を築く力を獲得する。

今後の教育現場では、美術教育を「創造的学び」だけでなく、「社会情緒的学び(SEL)」の重要な実践領域として再評価する必要がある。

参考文献

* CASEL (2017). Core SEL Competencies. Collaborative for Academic, Social, and Emotional Learning.

* Heckman, J. J. (2006). Skill formation and the economics of investing in disadvantaged children. Science, 312(5782), 1900–1902.

* Johnson, D. W., & Johnson, R. T. (2009). An educational psychology success story: Social interdependence theory and cooperative learning. Educational Researcher, 38(5), 365–379.

* Vygotsky, L. S. (1930/2004). Imagination and Creativity in Childhood. Journal of Russian and East European Psychology, 42(1), 7–97.

* 岡田清(1984)『子どもの絵の伸ばし方』黎明書房.

* 中野民夫(2018)『ワークショップと学び』岩波書店.

* 文部科学省(2020)『新しい学習指導要領と非認知能力の育成』.


大場六夫's Art Random 僕の美術教育論

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