なぜ、どうして美術活動をするのか?
― 子どもにとって美術活動は必要不可欠なのか ―
1. はじめに
近年の教育現場において、美術教育はコア教科学習に比して周縁化されやすく、技能学習・情操教育の補助と捉えられがちである。しかし、発達心理学・教育心理学・神経科学・社会情動学習(SEL)の研究は、美術活動が子どもの認知・情緒・社会性の発達に複層的に寄与することを示している。本研究の目的は、美術活動がなぜ子どもにとって必要不可欠といえるのかを学術的視点から検討し、その教育的意義を明確にすることである。
2. 研究背景
子どもの発達プロセスは、単に学力向上のみで説明できるものではなく、認知能力・情緒の安定・社会性・自己形成・自己効力感など多面的な成長が統合されることで成立する。従来の学習モデルは言語的・論理的領域に偏りやすく、非言語的思考・感情表現・創造的思考が十分に扱われない危険性が指摘されてきた。
美術活動は非言語的な思考と感情の橋渡しを担う発達的経験であり、発達に課題のある子どもに対しても安全性・主体性・自己表現の自由度が高い領域として注目されている。
3. 研究目的
本研究は以下の3点を明確にすることを目的とする。
1.美術活動が子どもの認知発達に与える影響
2.美術活動が情緒・心理発達に与える影響
3.美術活動が社会的発達および非認知能力に与える影響
4. 研究方法
本研究は文献調査に基づく理論的考察研究である。
発達心理学・教育心理学・神経科学・美術教育学・SELの領域に関する国内外文献のレビューを行い、下記の観点から抽出・整理を行った。
•認知発達理論(Piaget, Vygotsky 等)
•情緒発達・自己理解・感情調整
•社会性発達・協同学習・多様性理解
•自己肯定感・自己効力感・レジリエンス
•発達障害・心理療育領域における芸術表現支援
5. 結果(文献レビューの要点)
発達領域 美術活動の効果
認知発達 想像・計画・観察・構成・問題解決の統合、抽象的思考の発達
情緒・心理発達 感情表現・情緒安定・自己理解・ストレスの緩衝装置として作用
社会性発達 他者の表現の受容・多様性理解・視点取得・協同的対話
自己肯定感 達成感・主体的選択・「自分らしさ」の承認
発達に課題のある児 言語以外の表現手段の提供・安心できる活動領域・個の強みの発揮
6. 考察
美術活動の独自性は「成果より過程に価値がある」ことである。
その過程は、
•試行錯誤
•感情の動き
•失敗からの再試行
•自己決定
•表現の自由
といった発達に不可欠な経験を包括的に提供する。
言語や学力中心の教育では見落とされやすい主体性・想像力・自己肯定感の育ちが、美術活動では自然に引き出される。
さらに、発達に課題を持つ子どもにおいても負荷が少なく、表現が否定されにくい領域であるため、心理的安全性と成長機会の両立が可能である。
以上より、美術活動は娯楽的・副次的教育内容ではなく、人間発達の核心を支える教育的営みであると位置づけられる。
7. 結論
美術活動は、認知・情緒・社会性・自己形成の発達を支える包括的経験であり、子どもにとって必要不可欠である。
美術教育は「上手な作品をつくる場」ではなく、
子どもが自分らしく考え、感じ、表現し、成長するための発達支援の場として学校教育・療育・家庭教育において中心的に活用されるべきである。
参考文献
•Piaget, J. (1962). Play, Dreams and Imitation in Childhood. New York: Norton.
•Vygotsky, L. S. (2004). Imagination and Creativity in Childhood. Journal of Russian & East European Psychology.
•Eisner, E. W. (2002). The Arts and the Creation of Mind. Yale University Press.
•Lowenfeld, V. & Brittain, L. (1987). Creative and Mental Growth. Macmillan.
•Gardner, H. (1983). Frames of Mind: The Theory of Multiple Intelligences. Basic Books.
•山本隆(2014)『子どもの造形表現と発達』みらい.
•岡田清(1992)『子ども美術教育の基礎』黎明書房.
•久保田競(2018)『脳とアート:創造性の神経科学』中央公論新社.
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